水の庭
Prelude I
1.
外苑霞ヶ丘高校は、南青山に在るハイパー進学校。
千代田区の丸の内にある千鳥ヶ淵学園と、麻布にある有栖川宮学園と共に、国立の附属校を除いて、私立御三家に含まれることもある(共学なので、その点が怪しいと言われている)。
入学する生徒は、服装自由、制服なしというような自由な校風の有栖川とは違って、社会のエリートを養成するため、ヨーロッパ風の伝統的で、古風な教育を受ける。アルマーニの制服、ブラック・タイ、ロングコート、革手袋、実用性に乏しい見た目だけの革鞄、すべてオーダーで、学生の身丈に合わせて渋谷の西武でテーラーされる。渋谷の街をうろつく瀟洒な学生服に惹かれて入学を希望する者も多いが、服装とはその本質からして逸脱ではなく伝統なので、有栖川などと併願してうっかり受かってしまい、入学してしまった者は、まず生徒指導部の教員の厳しい躾の洗礼を受け、絶望を視ることになる。まず通常の生活を送って来た一般庶民には霞ヶ丘高校(若干の軽蔑の意味も込めてカス高と呼ばれているが)の制服の着方すらわからないだろう。文字通り着方がわからないのである。シャツの下にはどんな肌着を着るべきか? シルクのシャツは雨の日や夏場にはすぐに駄目になり、その度に仕立て直さなければならない。トラウザーにベルトがない? ベルトがないのが正解なのか。着触りはいいが、着心地が悪い。あまりにぴったりすぎるからだ。これが正解なのか? こんな着こなしで行ってそれこそ青山や松濤の一等地で育った若者に馬鹿にされないだろうか? 郊外の上昇志向の強い中流家庭で育った子弟なんかは、まさに入学初日にそのような目に遭う。そも、制服を一度仕立てるのに百万以上かかるので、素材の合わせ方や服装の着こなし方を知らない、『自称ファッション通』である人々は彼らにとっては「貧乏人」で、そういう「貧乏人」の若者は来ない(彼らは差別的と言う訳ではないが、そもそも「視えていない」。透明なのだ)。似たような場所にいるのだが、その姿はお互いに目にも入っていないのかもしれない。渋谷区というのはそういうところだ。大金持ちとおのぼりさんが遍在している。受験に際しては両親の面談も含まれるので、上流階級以外の子弟が入学することは稀である。中学・高校が主だが、別途小学校、果ては幼稚園まで同じ修道会のグループで在る(ほとんどは別の御三家幼稚園や小学校から来るが)。
公開日:2026/05/04
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